銀座ウエスト騒動から、日本の障害者施策を考える
「子どもは親の気持ち次第で制御可能」銀座の老舗洋菓子店ツイートで考える個人と社会 #BLOGOS https://t.co/QVJYSMMSN4
— ひいろ (@hii1701) 2018年5月9日
銀座ウエストの炎上覚悟というツイート。ほぼ鎮火したようなので、話を蒸し返すのはどうかと思ったのですが。しかしこの話題のネット上で感想をいろいろ見て、やはり重度障害者の家族としては言っておきたいと思う事があり、記事を書くことにしました。
まず最初に、子どもの入店に関しての苦言に対しては、何とも思っていません。
店が独自ルールを作るのはよくある事です。何ら問題ないと思います。
問題は、障害者の方には配慮しますという点です。
「制御不能なお子様」というワードが飛び出したのにもびっくりしたのですが、障害があれば制御不能でも配慮すると受け取られかねない文章に驚きました。
しかもこのツイートへの炎上を見て「障害がある人と子供のことは別次元の話」と言う意見をかなりたくさん目にしました。
この反応には一番驚きましたし、そして困ったなとも感じたのです。
ここからは私の今までの経験による個人的見解、というか偏見と言われても仕方がない話なのですが。
障害者は別枠と単純に発言される方の中には、実際の支援する場面をイメージせずに発言している方がいて、話が噛みあわなかったりします。パラレルワールドのような、まるで自分の世界とは関係ない話のような印象を受ける方。
それとは逆に過剰反応をされる方もおられます。障害がある人は親切にするべきと思いこみ、よかれと思ってと行動されるもおられます。これ以外のパターンもありますが、要するに普段とは違う反応される方がほとんどで、ニュートラルに普通の人と変わらない対応をされる方は滅多におられません。だからそういう方に出会うと、とても嬉しい気持ちになります。
そしてこういう考えを根っこは、日本という国がずっと障害者を社会の中の別枠として扱ってきた弊害なのかもしれないとも思ってしまうのです。
それが一番顕著に現れたのが、この施策。
6件のコメント https://t.co/ADdyfOI1dT “障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律 - 内閣府” (45 users) https://t.co/jRGM3dSbyc #障害 #合理的配慮 #内閣府 #施策
— ひいろ (@hii1701) 2018年5月9日
障害がある事で差別してはいけないという素晴らしい法律なのですが。
いや、別に障害あるなしにカンケーなく、差別はダメだろって思うんですよ。
何故、単純に差別禁止法にしなかったのかと。
日本の障害者施策は、予算から別立てになっていて、健常者と障害者が分離されています。それとは別に弱者支援である生活保護などは、また別立てです。要するに一般人とは違うと認定されなければ支援を受けることができず、その認定には必ず線引きが存在しています。そのラインから下に落ちなければ支援がもらえない。
しかもこれは障害者だけの話ではなく。例えば配偶者扶養控除など、一円の差で格段の差がでます。受けられる控除などの線引をなくし、1円単位で控除や補助の金額が決まるようになれば、不公平感も一掃されるのにと、いつも思ってしまいます。
あらゆるところに線引きがあって区分されている、この日本の施策の特徴が障害者は別枠と考えてしまう人の根っこの部分のような気がしてならないのです。
この別枠の話の一例で、どう考えてもおかしいだろ?と思う話があります。
障害年金というのは、国民年金を払ってるいる人(今は義務になったので全員ですね)が、障害を負った時もらえるお金です。障害年金の申請が下りると、月々の掛け金の支払は免除になります(法定免除)。しかしこの免除を受けると、いざ老齢年金の受給を受ける時に、国民年金か障害年金か、どちらかを選択しなくてはいけないのだそうです。
当然、既にたくさん掛け金を支払っている人は損をする事になるので、障害者になっていろいろ大変なのに、頑張って国民年金の掛け金を払い続ける人もいるそうです。
何故国民年金と障害年金が別になっているか、よくわかりません。誰もが障害者になる可能性があって、それに対する保険である筈なのに。
たくさん掛けても結局胴元が儲かるカジノのような印象すら受けてしまいます。
このような障害者区別問題と、あともうひとつ問題があります。
日本で障害者として生きていく為には、申請が必要な事です。
障害者手帳とは?種類ごとの申請方法と受けられるサービスを一挙にご紹介 https://t.co/JxVw6Hjk8o
— ひいろ (@hii1701) 2018年5月10日
子どもの場合は、保護者が申請をしない限り、障害認定ははないという事になります。それはどんなに重度な障害者であってもです。
特に発達障害などの場合は、ひとくくりに障害の有無を判断する事が難しく、明らかに支援が必要な人であっても、必ずしも手帳などの認定がもらえないこともあります。
国の決まりでは、障害者と健常者はくっきり線引きしているのに、実際には
障害があっても、障害認定を拒否。
障害があっても、障害認定してもらえない。
などのケースがあるので、国が把握しているデータ自体、間違っている可能性もある訳です。
昔、明石洋子さんの講演会に行った時に聞いた話です。
50%の能力しかない人には、50%の支援を頂きたい。
49%では足りません。
51%では本人の為になりません。
キッカリ50%の支援が必要。
私はこの話を聞いて、大変共感しました。
支援を受けるための線引きをなくし、障害があるなし関係なく、誰もが人生の中で助けが必要な時に必要な分だけもらえる社会になったら、きっと昨今の生活保護叩きの風潮もなくなるのではと思います。
そして今後はそれができる世の中になっていく筈なのですが・・・ベーシックインカムや、マイナンバーによる管理など。
しかしいろいろ施策は出てる筈なのに、なかなか進まない・・・・
ちゃっちゃとやって欲しいです。